▼干渉色
ホテルZを拠点とする謎の組織、エムゼット団。彼等に探りを入れる必要が出てきた。ここ一か月の間で急速に広がった噂のことを考えれば、タイミングとしては遅すぎるくらいだった。
「さて、そろそろ……ええ感じに利子も溜まったやろ」
「ではガイを呼び出しますか」
「いや、周りからやな。アイツとは別によう調べておきたい奴がおるさかい」
エムゼット団という組織が、ホテルZを拠点に人助けの活動をしていること自体は以前から知っていた。専ら動いているのは気のいい青年、ガイ。ミアレシティを走り回っているのは、純朴かつ粗削りな善意によるもの。組織の全容がはっきりせず、不可解な部分は以前からあったものの、ミアレに害なすような「やんちゃ」はしないだろう。そうした認識のまま、殊更に注視はしてこなかったのだが、彼等の活動は一か月ほど前から活発になった。
程なくして、ミアレシティでは彼と「もう一人」の噂でもちきりになる。なんでも、彼と、もう一人の「新入り」は、急速にZAロワイヤルのランクを上げ、あっという間に上位ランカーへの仲間入りを果たしたというのだ。
「その子供の情報です。簡単なところだけですが」
「お、早いな。ほな貰うわ」
ジプソはこちらの予想したより早く「その子供」の連絡先を手に入れてきた。パソコンに送られてきたトレーナー情報を漫然と眺めつつ、現在のランク「E」に若干の焦りを感じつつ。
「は?」
そのトレーナーの顔写真、黄緑色のジャケットを羽織った少女の顔を見るなり、カラスバはやや間の抜けた声と共に目を瞠った。
覚えがある。この服、この髪、この顔、へらっと笑うこの表情!
「オマエが!?」
ガタっと、カラスバは液晶画面を掴んで立ち上がっていた。何度瞬きしたところで、カメラ目線で笑うその表情は変わらない。カラスバの強烈な既視感も、消えない。
間違いない。以前、一番ワイルドゾーンでメリープにやられてひっくり返っていた、あの子だ!
ミアレシティに来たばかり、ポケモントレーナーにもなったばかりだと話していた少女。わあわあぴいぴいと見るに堪えない泣き方をしていたあの子。カラスバが応急処置として突っ込んだクラボの実の苦さに、どばっと涙を溢れさせていたっけ。
非力そうで、泣き虫で、悪いことなどひとつもできなさそうで。
「お知合いですか?」
「せ、やな。一回だけ会うたことがある」
「一回だけ? 余程印象に残る相手だったのですね」
「せ、やな……」
こいつがエムゼット団にいるなら、エムゼット団は間違いなくシロだ。だってカラスバは実際に彼女に会った一か月前、既に確信を得ているのだ。この子が悪いことなどできるはずがない、と。
また、何も知らされずに悪事をさせられている、という線もないはずだ。悪党の小間使いをやるのにだって、才能がいる。どう考えても、あの子が役に立つとは思えなかった。仮にカラスバが「やんちゃ」をするとして、子分が必要になった場合……絶対にあの子に、声は掛けない。
だが、大きな疑念もある。あんな何もできなさそうな奴が、どうやって、たった一か月でEランクまで上がってきた?
一か月前、彼女の手持ちはワニノコ一匹だったはずだ。一番ワイルドゾーンという、野生ポケモンがいる通りの中でも、歩きやすさでは一、二を争う程度には「初心者向け」のゾーン。そこでポケモンを出すこともできず、メリープ相手にひっくり返っていたような子が。正直、二体目のポケモンを捕まえられるようになるまでに一か月くらいかかると思っていたのに。
それが今、Eランク。既に実力としては、あの有名な配信者、カナリィ以上ということになる。そんな躍進があの子に許されるなら、ザックはもっと泣いていい。
そうとも、あんな子が! 永遠のZとさえ言われるあのザックにさえ、半年かけても勝てなさそうであった子が!
「呼ぼう」
「今日ですか?」
「いや明日や。ここで直々に『おはなし』でもしたろやないか」
かしこまりました、というジプソの声に頷きつつ、カラスバはパソコンの画面を改めて睨んだ。観光客、ホテルZ在住、十九歳、女性、などの基本的な情報。へらっと笑っている顔写真。この画面からこれ以上得られるものは何もない。にもかかわらず目が逸らせない。
とんでもないことだ、と思いつつ……この子自体に欠片の悪意も感じないために、警戒よりも愉悦が勝ってしまうのが、正直なところだ。
「おや」
「どないしてん」
「たった今……Dランクに上がったようですよ」
「誰が」
「その子供が」
「っ……おもろなってきたやんけ」
早う来い。
ちょっとはええ顔するようになってるんやろなあ。