▼硬度1.5の瞳
「なあ、どう思う」
「危険な方ではなさそうです。ただ、危なっかしい方ではあります」
「っはは、確かに」
軽く空気をほぐしてから、ジプソに向き直る。ずっと、尋ねたいことがあったのだ。おそらくこいつは気分を悪くするだろうが、ここを確かめておかなければあの子供をどちらにも結論付けられない。
「オマエ、ほんまにアイツに負けたんか」
案の定、ジプソは眉をひそめたが、すぐにコホンと咳払いをして、カラスバのパソコンを指差した。
「監視カメラに記録が残っておりますので……」
「ほーう、優秀な右腕がボコボコにされるんを見なアカンのか。ボスは辛いわあ」
「返す言葉もございません」
パソコンを起動させ、サビ組の門前を映しているカメラの記録を遡った。先程の二人が門前で部下と向き合っているところまで行きつく。後からやってきた巨体がゆっくりと門を潜ったところで、それまでへらっと笑うばかりだった彼女が、口をきゅっと引き結び、デウロの一歩前に出た。
「まるで別人のようでした」
彼女が投げたボールから出てきたのは、サーナイトだ。
「へえ……」
ジプソが繰り出すハガネールからすぐに引き、距離を取ったことを確認したうえで、彼女はメガリングを掲げた。
チカッと弾けるキーストーンの虹色が、真っすぐにサーナイトを照らしている。カットグラスに日の光が注いだときに生じるプリズム、あれに似た、複雑で、少し頼りない光だった。
絆が形になれば、そこからはもう傍観者であるカラスバにも最善手が分かる。ハガネールに向けて、離れたところから「マジカルフレイム」の連発だ。
技の熱波が、近くに立つ彼女の姿をぼうっと揺らしていた。画質のそこまでよくないカメラ越しでも察せる程の、高熱。桁外れの威力であったことは、もう想像に難くない。
続けて繰り出したハッサムも、エアームドも、当たり前のように熱い揺らめきに包まれていく。
「っはは……容赦ないやん」
ようやく炎がなくなった門前に、立っているのはメガサーナイトのみだった。
メガサーナイトへと駆け寄った彼女は、小さく微笑んで頭を撫でた。定規でぴったり揃えたかのように、あの子とサーナイトは同じ背丈。細身の体躯も、大きな瞳も、よく似ていた。魂の双子を労っているように見えて、思わず息を飲む。
瞬き。深呼吸。咳払い。目を逸らして、空笑い。
「オマエ、こんなバトル……ごっつ強いサーナイトがおることしか分からへんやんけ。せめて二体目引き出してくれんと」
「返す言葉もございません」
「それ言うとけばええと思て……まあええわ」
『まるで別人のようでした』
ジプソの言う通りである。別人だ、こんなものは。そうでなければ説明がつかない。
だってあの子は……一番ワイルドゾーンのメリープさえ、未だに捕まえられていないのではなかったのか?
「どう見る?」
「演技ではなさそうです。二重人格の可能性はありませんか?」
「いや、それにしては……オレらへの説明がなさすぎる」
もしそうした特殊な事情があるなら、デウロや当人から説明があるはずだ。この子は時折人が変わったようになり、思いがけないことをすることがあるかもしれない、とか。でも決してこの子が何か企んでいるわけではないから、どうか悪いように取らないでほしい、とか。
だが二人は何も言わなかった。彼女の豹変をジプソもカラスバも目にしているというのに、言い訳のひとつもしなかったのだ。
いやそもそも……デウロは彼女の豹変に対して、露程の違和感も持っていなかったではないか。
『デウロさんは帰った方がいい』
『やっぱりデウロがいなくっちゃあ!』
帰ることを促してきたかと思えば、すぐに同席を歓迎する姿勢に切り替わったことも。自らへの呼び方が「デウロさん」から「デウロ」に変わったことも。デウロは一切気にすることなく受け止めていた。彼女たちの中ではあれが平常、当たり前のことにすぎないのだろう。
「アイツが問題を起こしたことはない。そうやな?」
「サビ組のお世話になっていないということなので、まあそうなりますな」
「なら……ほんまにただおかしいだけ、か」
今日、この場に来たのはデウロだが……もしかしたらガイを含むほかのエムゼット団のメンバーの間にも、あの子の奇妙な豹変は「基本情報」として共有され、すっかり受け入れられてしまっているもの、なのかもしれない。
誰もあの子を問題視していないのだ。あの子がああして「切り替わる」ことなど、当たり前であるかのように。
「……」
揺らぐことのない信頼を集めている。あのような、一人では何もできなさそうな子が。何の前触れもなくいきなり豹変し、冷たい声と鉛のような淀んだ目になってしまうような、不思議で不気味で、不可解な子が。
「気になるな」
「部下を向かわせますか? 監視カメラでは届かないところもありましょう。あの子供が怪しい動きをすれば、すぐに」
「いや、そういう意味やのうて」
言いかけてカラスバは思わず笑ってしまった。
そういう意味じゃない? 劇的な豹変を見ても尚、あの子をシロだとするなら、もう詳しく調べる理由はない。適当に、新米トレーナーでもできそうな雑用を押し付けて、丁度良い頃合いで利子分に相当したからと解放してやればいいのだ。
それでも「気になる」と? 彼女の強さの秘密が? 表情の変わる理由が? 彼女に集まっている信頼の所以が?
アホらし。そんなこと知って何になるっちゅうんや。
『ミアレシティ、いい街ですねぇ』
でも。
「あんな顔するヤツに勝って泣かしたら……めっちゃおもろいやろなあ」
「ああ、敵情視察ですか」
「っはは、アカンか?」
「まさか。サビ組のボスが強くなることに否やはありますまい」
快諾ののち、ジプソはスマホを取り出して連絡を取り始めた。
ミアレの治安も大事だが、この街の奴隷になるつもりは更々ない。己の好奇心に従うことだって、同じくらいカラスバにとっては大事だ。
あの子を見ていればきっと……面白いことが起こる。なにせ、たった一回ここへ呼びつけただけで、もう数えきれない程に驚いてしまっているのだから!
「さて、いつ真剣勝負したろか」